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劇場版 NEON GENESIS EVANGELION - DEATH (TRUE) 2 : Air / まごころを君に

庵野秀明
庵野秀明
GAINAX

キングレコード

グループ:DVD

ランキング:813

価格:¥ 4,909

発売日:2003-11-27

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レビュー(Amazon.co.jp)

???TVオンエア終了後、激しく賛否を呼んだ最終回を映画でやり直すという前代未聞の企画で製作され、一大ブームとなったSFアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』劇場版。その内容は、テレビ版の総集編を改定した『DEATH(TRUE)2』と、真のラストを描く『AIR/まごころを、君に』の2部構成。前者の構成は、単なるダイジェストではなく、ドラマをシャッフルさせながら観る者を魅惑の悪夢に誘うかのような趣向であり、後者は人類補完計画の発動に伴う主人公たちの運命が描かれていくが、そこには本作のファンの主層でもあろうアニメおたくに対する批判が、作り手自らの痛みも伴いながら繰り広げられていく。従って、その結末にも安易な希望など見受けられず、当然ながらさらなる賛否の激しい議論を呼んだ。いずれにせよ、現代の脆弱な心のまま生きる日本人に痛切なアンチテーゼを発信し、社会現象を巻き起こすに足る問題作であったことは間違いない。(増當竜也)

カスタマーレビュー

話のネタになります。  (2008-10-07)
最近暇潰しに友達が持っていたTVアニメ版からまとめて初めて観ました。
でも、面白かったです。 今までのアニメパターンとあえて逆にいってる所が多く新鮮だったので途中で飽きなかったです。
SFアニメにクラシックなんて斬新でしたし、独特のセリフ回しも耳障りよく聞けました。
わかりにくい描写もありましたが、ネットで解説みたら分かりましたし、満足です。
まぁ゛俗世間でいうアニメ゛らしくないアニメですけどね(笑)

11年越しでの鑑賞  (2008-09-09)
この作品を初めてみたのが15歳の時、そして26になってもう一度観てみました
当時は解らなかった事、気づかなかった事も少し解る事が出来た気がします。
そして、自分は中学三年生からほとんど成長してない事に気づかされた気がしました
というより本質的には何も変わっていないのかもしれません

なかなか面白かった  (2008-08-04)
素晴らしい作品だとは思いませんが、凄い作品だなと思いました。

人は互いに傷つけあってしまう存在であり、真に理解し合う事など不可能です。

他人と融合し、一つの存在となれば、この苦しみからも解放されます。これほど楽な事はありません。

ですが自分が自分で居るためにはやはり他人の存在が必要不可欠なのではと思います。

孤独や不安を感じても、他人に触れるのが怖くても、それでも一緒に居たい。とシンジ君は思ったのではないでしょうか。

もしくは辛くてもその中で生きていくしかないのだと。

絶望的な終わり方をしていますが、他者との共存を望んだシンジの決断にはかすかな希望も感じました。

何だかんだで僕は面白かったです。

これまで、50回は見直した映画作品。  (2008-07-29)
エヴァとの付き合いは、すでに12年を経ています。
中学2年生、ちょうどチルドレンと同年代のとき、地方の田舎町で、この作品を見ました。
綾波よりも、アスカよりだった私にとって、アスカに対する凄惨な仕打ちは、さすがに応えました。
その鮮烈な記憶が、傷跡を残すことなく和解を遂げたのは、おそらく、自分が考えているよりも、
ずっと後になってからのことでしょう。潜在的には、残り続けていた記憶です。
さて、これが、万人向きの作品ではないことは、確かです。
「まごころを、君に」は、これまでのエヴァ全話を見たものでなければ、意味がありません。
だから、5を付けることはできませんでしたが、気持ちのうえでは、点数を超越した作品であると、
考えています。
何度見直しても、新たな発見があります。ATフィールドが溶け合い、シンジを拠代として、
リリスにおいて全てが一つになる瞬間、なぜ、ゲンドウは、初号機に喰い殺されねばならなかったのか。
「ゼロ」としての「レイ」が、各々の人の願望にそった姿へと変貌した意味とは。
それは、シンジを媒介とした、個別性の廃棄、統一であったからでしょうか。
「他者」「他なるもの」をテーマとした本作は、さりげなく、伝統的な哲学的テーマに触れています。
しかも、かなり忠実に(テレビ版最終二話の、シンジの独白は独我論からの解放)。
新約聖書をモチーフにした、肉体の死と、霊的再生(復活)も、ナディアにも見られたように、
庵野監督の個性、深層心理に深く刻まれたテーマであるようです(ただ、ナディアは、若干意味が異なる)。
また、テレビ版の最終二話と比較してみれば、表現方法こそ違えども、同一のテーマの変奏であることが、分かります。
本作は、庵野秀明という一個人の個性に、強く制約されているがゆえに、万人向けではないけれども、
それゆえに、比類なき作品ともなりえたのだと思います。
「無」として「何もない」普遍者であった、綾波「レイ」が、他者との触れ合いのなかで、
個別的な感情を得て、そして、人間としての自我を獲得したけれども、再び、普遍者としての
リリスへと回帰した。
ただ、それからのち、個としての彼女は、どこへ行ったのでしょうか。

「I need you」というアイキャッチが、重く響くラストでしたが、平板な恋愛ものに堕することがなくて、
良かったと思います(ただ、中学生のころの私には、それを期待するところがあった。それほどまでに、精神的に未熟であったのだ)。
同じ傷口を共有できる人であれば、お奨めできますが、それ以外の方には、敢えて奨める必要のない作品でもあるでしょう。

この作品を凄いとは思いますが、素晴らしいとは一生思わないでしょう  (2008-07-12)
本当はこの作品のレビューは書きたくないのですが、TV版から、"THE END OF EVANGELION Air/まごころを、君に"まで11年前にエヴァンゲリオンを視聴した行きがかり上書かせてもらいます。
結論としては、ああ、このアニメーションは終われないんだなと思いました。未完成である事を宿命付けられている作品だなと。もちろん作品としての時間軸の終わりはありますが、TV版の終わり方も97年の劇場版の終わり方も本質的には変わりありません。
この作品のロジカルな作り方、いわゆる「謎解き」に関しては言及しません。「封印されている」解けないように作られているからです。
現代の社会に生きる我々への問題提起をした、という観点から見ればこの作品の存在意義は大いにあったと思います。
しかし、この作品はその段階で終わっています。それがこの作品の未完成たる所以です。いわば「投げっぱなし」です。
制作者は大風呂敷を広げ視聴者を挑発するだけして後始末は視聴者まかせというわけです。だからここまで批判されているのでしょう。
「現代という時代は、人間というものははここまで酷いのですよ」という現状報告ならだれでもできます。
制作者の次のステップを期待したい所です。

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